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act8 : 理由 1 昨夜借りた部屋を予定よりかなり早くチェックアウトして早々に俺たちはバイクに乗って走り出した。太陽は昇っているので空は明るく街の広場では小さな市もたっている。しかし街の人間は旅人の俺たちには目もくれず個々の買い物をすませ、街の人々たちの会話に忙しく、俺たちは誰にとがめられることもなく街の道を走り抜けて街を出た。目指す施設まではまだ少し遠い。ヘルメットをかぶる俺の顔には風は感じられない。ヘルメット越しの空は微妙にくすんでいて青い空も白い太陽もさほど眩しくはなかった。相変わらず走りにくく汚い道路が続きバイクは常に文句を言ってきた。しかし止まってやって調整してやるほどしつこく言うわけではないので俺もホッとする。そんなに、頻繁に止まって休憩をするわけにはいかない。できるならこのまま逃げることも止まることも隠れることもなく、すぐさま例の施設にいけたら一番いい。全速力で、安全に、誰に追われることもなく行きたい場所へ。俺は街のホテルの部屋を出てから今に至るまで一言も喋ることなくバイクを走らせていた。すると後ろから、ごそごそと音が聞こえた。「危ないから大人しくしとけよ」と今朝一番の普通の会話をした。普通の会話というより、会話らしい会話をした。タンデムシートにのる悪魔面の綺麗な奴、蛭魔は、「大丈夫大丈夫」とケラケラ笑った。大丈夫なら危ないなんて言わないの、と俺は慌ててバイクを止めた。そして周りに人がいないことを確認してヘルメットを取り蛭魔のほうを向く。蛭魔もヘルメットを取った。 「危ないっつってんだろ。この辺、道きれいじゃねぇしよ」 「ふーん、お前が住んでた街ではメットの一つもかぶってなかったのにか?」 「ぐ、それは、そうだけどよ……」 「それにこのへんじゃ警察もいないしかぶらなくてもいいよな? メットって暑苦しくてよ」 「あ、そうだな。……て、ヘルメットの話じゃねえよ! 横のりは危ねェんだよ、わかるだろ? 横のりするなら大人しくしとけ」 俺がそう言うと蛭魔はにや、と笑ってヘルメットを放り投げた。がらん、と鈍い音がしてヘルメットが砂地に転がった。おい、何してるんだよ、と俺がヘルメットを目で追いながら叫ぶと蛭魔は横のりをやめて俺と同じように普通にタンデムシートに腰掛けた。「よいしょ」となんとも可愛らしい(ってなに言ってんだ、俺)声をだして座る蛭魔を俺は呆然と見つめた。蛭魔は「これでいいのか?」と悪戯に笑って俺を見つめる。その顔やめて、と内心照れながら「なにが、だよ」と言葉に詰まりながら聞き返すと蛭魔は俺の腰に腕を回して腕に力を込めた。俺はどきりとして蛭魔を見ると、手にしていた友人から借りたヘルメットを落としてしまった。そのヘルメットもさっき蛭魔が放り投げた俺のヘルメットと同じようにがらんと音がした。ころころと転がるヘルメットを、俺はそのときは見ていなかった。というより、見ていられなかった。 「メットはいらねーし、こうすりゃ安全だろ?」 「……、な、なら、最初ッからそうしときゃよかっただろ……」 「…………昨日までは、そんな気分になれなかったんだよ」 「は、はい?」 「行こうぜ、メットだって別に拾われて後追われたってどうせ俺の行くとこはひとつだし、逃げてるわけじゃねぇ。テメェには迷惑かけるけどな。葉柱、行こうぜ、今日中には向こうにつきたい」 蛭魔は話をはぐらかしたが深追いしようとは思わなかった。今日中につかなくてはならないのはきっと明後日から選挙の投票日だからだ。明日からは不在者用のアナログ投票がはじまる。ほとんどの人は明後日のセルフォンやネットを通じての投票を利用するので実質は明後日が投票日。それまでにあの男をどうにかしたいのだろう。 俺は頬を少し照れくさそうにかいて前を向いた。昨日までは横のりで、ヘルメットをして、まるでまったくの赤の他人を乗せていた気分になっていたから今の状態はちょっとした進歩だと思っていいのだろうか。いや、そう思ってもいいんだよな。そう思っておくことにした。 2 「……ったく、こいつすぐ機嫌悪くなるからな」 やはり途中でバイクが俺に反抗して文句を言い始めたので蛭魔に了解を取って俺はバイクを降りて調子を見ることにした。いつもならこんな程度でねをあげるバイクではないのだがこの砂地の道を走り出してからどうも調子がのらない。機嫌の悪さは今までこいつに乗ってきたなかで一番悪い。やれやれ、と思いつつ強い昼の日差しを浴びながら額に滴る汗を腕でぬぐいつつメンテナンスをする。蛭魔はそんな俺を見て、やはりケラケラと笑った。「笑うな」と返す俺。「笑うだろ」と当然のように蛭魔。うるせーよ、と俺がガキみたいに返すと同じように蛭魔は笑い続けた。 「嫉妬してんじゃねえの、このバイク」 「あ? なにに?」 「俺に」 「バイクが?」 「ああ、恋人にしたいほど愛しいバイクーっていうじゃねえか」 「……な、なに言ってんだッ」 「違うのか?」 「いや、言うけど、言うけどな……」 それで、どうしてバイクが『蛭魔に嫉妬する』ことになるんですか……。 それって俺の彼女だったはずのバイクちゃんに蛭魔なんいう別の奴が乗ってるからバイクちゃんが俺にヤキモチ焼いて蛭魔に嫉妬してるってこと? それってまるで蛭魔が俺の、俺の、俺のアレだっていってるようなモンじゃねえの? 俺の考えすぎ? んんん? ぐるぐる考えめぐらせていたら蛭魔はケケケ、と悪魔笑いした。昔流行ったK笑いを思い出した。って、俺はいったいいくつなんだ。蛭魔はタンデムシートにのったまま俺の肩を叩いて笑った。 「マジにすんなよな、冗談だから。機械のバイクが嫉妬するかよ」 「……な、なら俺にそういう話ふるな! びびるから!」 「ケケケッ」 その笑いのあと、蛭魔が静かになったのでその合間にこのバイクの機嫌を直してしまおうと思って俺はメンテナンスに集中する。風が心なしか優しくなった気がした。太陽も少し雲でかげり紫外線の量は変わらないもののすごしやすい。青い空に黄色い砂漠の砂質の黄色い土は鮮やかに相反して互いに映える。そのまわりの破壊された建築物はまるでゲームの中の景色のようだ。と、俺は思った。真上の空からは鳥の声が聞こえる。その声は絶滅したといわれている鷲や、鷹の声に似ているかな、と見たことも聞いたこともないのに教科書に少しだけ触れてあっただけの知識を引っ張り出してきて理屈つける。 その周辺の音はその鳥の声と俺がメンテナンスのガチャガチャいう音しか聞こえない。俺の呼吸は絶えず聞こえているが多分そんなに荒げてはいないから聞こえているのは自分だけだろう。蛭魔の呼吸は聞こえていない。昨日わかったように、汗をあまりかかない蛭魔。暑さをあまり感じないのか、蛭魔の呼吸は静かだ。息をしているのか? ちゃんと生きて何かを見ている? 今はなにを見ているのだろう、俺のメンテナンスをする姿を見ているのか、そこらいったいの砂山や建物を見ているのか、それとも空を見ているのか。蛭魔、今なにを見ている。 「なあ葉柱」 呼ばれて、メンテナンスをするのを一度とめて顔を上げると、蛭魔が空を見つめているのが見えた。逆光に蛭魔の髪がキラキラと透ける。それがいやに、無駄に眩しくてライトをそのまま瞳に当てられたときのように目をしかめる。「なに、蛭魔」と掌で光をさえぎり蛭魔を見つめると蛭魔はこちらを向かないで喋りだす。口も瞳も動いていないように見えた。ただ平然と、動いているのは蛭魔の髪だけのような。鮮やかな蛭魔の髪が焼きつくように、切ない。 「なんでムサシに――あの知事候補の男に俺が狙われてるか知りたくね?」 「いや……、うん。蛭魔、言いたい?」 「そうだなー、じゃ、言う」 「そうですか、では、どうぞ。蛭魔さん?」 「なんだそりゃ、その言い方。ケケ」 そう蛭魔は笑ってこちらを向いた。向いた刹那の蛭魔の髪がしゃらんと静かに音をたてた気がした。逆光になった蛭魔の顔はやっぱり悪戯な瞳の色を揺らしながら俺を通り過ぎていく。 「暗殺術とかを完璧に仕込んだムサシを蘇らせたわけは言ったよな?」 「うん」 「ならなんで、たかだかセックスの相手できるだけの俺なんかを狙ってると思う?」 「……さあ、知事候補のあのオッサンのタイプだからか?」 「それも、ある」 「…………」 マジに落ち込むな糞爬虫類、と蛭魔は俺の肩を叩いた。明るく言う蛭魔にあわせて俺も一応明るく返しておいた。笑ったつもりだったけど頬が引きつったので苦笑いしてしまったと思う。 蛭魔はその俺に気づいてかいないでか、無視して話を続けた。 「葉柱、テメェ、クローンで一番てこずることって何か知ってるか」 「……いや? 何?」 「記憶と、感情」 首を少し右に傾けて俺は「どういうこと?」と訴える。蛭魔はニヤリ、とそれでも力なく笑ってまた空を見上げた。そして同じように一言「記憶だよ」ともらして黙り込む。空には何も見えない。見えるのは空のみ、空空空。吸い込まれてしまう自身の小ささにあきれ、吸い込めそうな大空に圧倒される。先ほどの鳥はどこか遠いところに飛んでいってしまったらしい、もう姿も鳴き声も聞こえないし、見えなかった。「鳥、どこいっちまったんだろうな」と蛭魔はポツリと俺に声をかける。俺は「知るかよ」と言ったあとに「でももっと遠い自由なところ」と付け足した。「そうだな」と蛭魔が笑いを交えて返事をしたので「うん」と俺も笑いを混ぜて言った。 「なあ、葉柱」 また名前を呼ばれて俺は返事をする。蛭魔は変わらず空を仰いでいた。 「……ここらに遊びにいけるとことか、ねえかな」 「遊びに行くって……ここらだと、なんもねえだろ。例の施設ぐらい?」 「じゃあ遊びに行くんじゃなくて、どっか行かねえ? なんか暇だな」 「……施設は? いいのか?」 ムサシとかいう男を、救いに行きたいんだろ? 救われたいんだろ? なら俺なんかと遊んでる暇も話をしている暇も休憩している暇もねえんじゃねえの? 俺との時間だって、本当は無駄なひと時かもしれないんだろ。そう思うとズキンと何故か痛かったけど気にしないふりをした。 な、蛭魔。俺にかまわなくてもいいし、俺に迷惑かけたなんて負い目を感じているんならそんなこと思わなくていい。もちろん、蛭魔に限って俺に気を使ってくれているなんてことはないのだろうけれど。俺が「施設行くんだろ」というと、少し間があって、蛭魔はケケケ、と笑った。笑っているように聞こえなかったのは俺の幻聴か。「そうだよな、忘れろ」と蛭魔は言った。「うん」と俺はやるせなく返事した。 「な、葉柱」 「なに、蛭魔」 「……これ、やるよ」 「封筒?」 「そ」 なかに何か入っているようだったので開けようとすると、蛭魔はその俺の手を制止した。「今は開けどきじゃねぇ」と言ってその封筒を、俺の手をつかんだまま俺の服のポケットに入れさせた。手にポケット内のナイフがあたった。ナイフは、本当は絶対に来て欲しくない来るべき出番を待ちながら、ひんやりと冷たくポケットに眠っていた。蛭魔の手が離されて、俺は封筒から手を離しポケットから手を出す。にや、と蛭魔は笑った。 「もしテメェが」 「もし俺が?」 「俺のことを本当に助けたいと思ったら開けろ。いいか、絶体絶命のとき以外は開けるなよ? そのとき以外にあけたら、殺すからな」 「なに、お前を助ける呪文の書とか?」 「ケケ、呪文か。まあ、そんなもんだ」 俺はもう一度ポケットに手をいれちゃんとナイフと封筒が入っていることを確認してバイクにまたがった。「いくぞ?」と蛭魔に確認を取ると蛭魔は俺に腕を回し「いいぞ」と返事をした。バイクを走らせて俺たちは今度は止まることなく施設へと向かう。鳥の声が戻ってきた、遠いところよりこの場所がよかったのだろうか。荒れていても、住みにくくても、たとえここでは救われることはなくてもここに居たかったのだろうか。鳥に訊ねてみたが心の中の呟きは声になることはなかった。 「葉柱ー」 「なにー、蛭魔」 「空綺麗だな、すげぇいい天気」 「わき見運転が許されるなら見ますけど?」 「バーカ、安全運転第一だ。振り落としたら殴る」 「んなこと、するかよ!」 ケケケ、と蛭魔が本当に楽しそうに笑ったので俺も今度はちゃんと笑えた。 しかし鳥は輪をえがき、甲高く俺たちを見送り、泣いた。 next ---------------------------------------------------なんで、泣きそうな声するの? |