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act2 : 不知 1 セキュリティーのいい、厳重な警備がしかれている俺のマンション。心配性でお節介なお袋が選んだこのマンションには、 俺は到底敵わないだろうと思われる厳つく、体格の良い男たちが玄関ホールの見張りとして個室に座っている。 ここまで厳重なのには訳があって、俺はまだ一度もあったことはないが議会の要人やその家族が住んでいるかららしい。 ごく稀に気品のいいご婦人やくそ生意気そうなお子ちゃまにすれ違うことがあるが多分その人たちが議会の要人の家族だろう。 でもそれも本当に稀で、出会うのは人も出歩かない真夜中だったり日もまだ昇りきらないほどの朝早くだった。要人の家族は 何かと犯罪に狙われやすいということなのだろうか、それとも庶民なんかに顔を見られてたまるかってことなのか。でも 俺にはそんなお偉いさんの考えることなんかに興味なかったし、親父も議員だったが俺自身はそんなことに気を配りはしなかった。 むしろ自分はどちらかというと結構所帯じみてるほうだと思う。仲間内でそういうことをいうと「あんなにいいマンションに住んでるのに よく言うよな」と笑われるだけなのだけど。 エレベーターのボタン、自分の部屋の階の数を押して俺はエレベーターの個室の壁にもたれかかった。いくらエレベーターが早いからといって 高層マンションの上のほうまでいくとなると時間がかかる。ぼんやりとエレベーターの天井を見上げた。俺の向かいの壁には先ほど色々あって連れ帰ることになった 青年がもたれかかっていた。あれから、名前を名乗った後から蛭魔は何も語ろうとはしなかった。事情だとか素性だとかそういうことを、ではなく、そんなことが 聞きたかったわけではなく、ただ本当に蛭魔は何も喋らなかった。俺みたいな二十歳にもみたない人間がこんな高級マンションに住んでいることにも首を傾げることも無く、 黙ったまま、囚人が執行人のあとをついて行くみたいに俺の横を歩いてくる。蛭魔の背丈は俺と目立って違ってはいない。俺より少し小さいくらい。 歳だってそうはなれてはいないだろうと思う。見かけからわかるのはそれくらいだ、あとは、訳ありなことと、誰かに捜されていること――だけ。見かけからわかること以外にも色々気にはなったが、 聞き出すような乱暴なことはしたくなかった。俺も、親父のことを色々、さほど親しくも無い出会って間もない大人にあれこれ言われるのは大嫌いだった。 それと同じように、こいつも聞いてほしくはないだろうとおもうから俺も聞かない。 チン、とエレベーターが間抜けな子どもっぽい音を鳴らし、ぐらりと止まった。シュ、と扉が開いて俺たちは個室から抜け出す。 俺の部屋のある階にはあまり人が住んでいない。ひんやりと空気が通り過ぎていく。乾いたつまらない風だ。蛭魔は少し警戒したように辺りを見回してエレベーターから出てきた。 怪しい奴はいねぇぞ、と確認をとるように俺が言うと、お前が一番怪しいとでも言うかのように俺を睨んできた。足取りはまだ相変わらず囚人のようだった。 まだ俺のことを信頼してくれているわけではないらしい。そうだよな、そんな簡単に信用するわけは無いか。俺も、他人をすぐ信用して尋ねられてきた 親父についてのことをぺらぺら喋ることはない。納得。 俺はポケットからチャラチャラと鍵の束を取り出した。その鍵を扉のドアノブの付近に近づける――のではなく、ドアの横についている、 チャイムの下にある小さな金属の板についている鍵穴にさし金属の小さなドアを開ける。指紋照合と、血液照合。あらかじめ登録しておいた血液と、いま自分に流れている 血液とが一致すれば開く、という最近開発された鍵の類だ。指紋照合はとても古い種類だ、荒廃前の時代からあったらしい。血液は輸血したときとか、まったく同じタイプの 血液があったら開いてしまう、という大きな問題点があったのだが、血液の中に特殊な薬品を流してその個人だけのオンリーワンの血液を作るのに 成功したとか何とかでここではそのシステムを導入している最新のマンションだ。親父も結構無理してんじゃないのだろうか。 一人暮らし用の小さな部屋のタイプを買ったとはいえ、だ。(まあ親父はさらにでかく、いい家に住んでいるから大した無理ではないと思うのだが) 俺は指紋をかざし、それと同時に指先の血管をスキャンし血液も一致したという結果が出てドアが開くのを見守った。蛭魔は相変わらず黙っていて、ドアが開くのを俺と同じように見ている。 俺は「あとでこいつの指紋と血液もスキャンさせなきゃな」と思った。 2
部屋が散らかっていて俺は後悔した。客が来るといえばバイク仲間か同級生ぐらいしかいなかったし、そいつらの部屋も俺の部屋と同じぐらい汚いので俺は全く気にしていなかったが 今回はそういうわけにはいかなかった。汚くて足の踏み場も無くてきっとねずみや死体の一つや二ついてもおかしくない――まではいかないのだが服も雑誌も散らかしっぱなしであった。 洗濯物はクリーニングに頼めば大丈夫だったので何日も着た服を置いてあるなんてことは無い。これでも一応お坊ちゃまなので。俺はこれではまずいと思いサササ、と雑誌を積み上げ部屋の端に置き、 服をクリーニングに出す用のかごにポイと放り投げた。先週の部屋に比べるとかなり綺麗なほうだったので部屋はすぐにもとの部屋にもどった。先週は、ちょっと人のをはばかれる汚さだった。 あの部屋には、俺のバイク仲間も「片付け手伝おうか」と言い出したほどだった。 よくよく、客観的に見ると俺の部屋はがらんとしていた。シルバーと黒を基調とした殺風景な部屋だ。リビングには赤のソファが置いてあって、テレビと少し型の古い、ショップでほぼ在庫処分に近い状態で売られていた DVDを収納したクローゼットがそのよこにある。それと先ほど片付けた、雑誌。ほとんどがバイク雑誌、と、大人の本。寝室は無闇に広く、ベッドも無闇にでかい。高い天井に届く窓にはセンスのいいカーテンがかかってる。 もともとこの部屋についていたものだ。だから寝室にある俺のものといったら、ベッドと、服。それだけ。 改めてみると本当に何も無いな、とため息をつき、俺は蛭魔のほうを向いた。 「とりあえず、その上着脱いで――そっちの洗面台で血、洗えな」 「……ああ」 「あ、手だけじゃないなら、風呂にお湯ためるけど」 「……ッ」 その、うつむいた感じで俺から瞳をそらしたのを「そうだから溜めてくれ」ということだと思ったのでちょっと待っとけよ、と俺はバスルームに足を運ぶ。 浴槽は洗ってあった、よかった。俺は注水口からでる湯加減を確認するとそこから戻って「ちょっとだけ待てよ」と告げた。 蛭魔はまた小さく「ああ」とだけ言った。 蛭魔は刺されたわけではない、のだと思う。ならあの血は何なんだろう。探されている、ということは探している『誰か』がいるわけだ。 そいつを刺した? あるいは殺したのだろうか。それにしては落ち着いていた。そして俺を信用していないのなら、すぐに刺し殺すことだってできたはずだ。 それをしないということは、正当防衛で殺してしまったか、何かの事件や殺人に偶然立ち会ってしまって、そこで血を浴びてしまった、か。どれかだと思う。 俺の冴えない頭で考えられるのはそれぐらいだ。それに、蛭魔のまわりからはそういった凶器は出てこなかった。 寝室のクローゼットを開けたいだけ開きありったけの服を取り出した。何も無いというのは家具や家の内装のことに限らなかった。 女と同棲しているわけでもなく決まった彼女がいるわけでもなく、ただ友人と喋ったりつるんだりしているだけの溜まり場と化していた家だから、 無論他人の着る服なんていうのもあるはずは無い。しかも、蛭魔は見る限り絶対に俺よりは体格が細い。なよなよしているわけではないが俺の持っている、俺の着る服では 大きすぎるだろう。だからといってあの血のついた服を着せておくわけにもいかない。俺はできるだけタイトな服を探し出し、これなら大丈夫だろうといういくつかを取り出して バスルームの前のかごに入れた。コンコン、と半透明のガラスのドアをたたき、「服とタオルここ置いておくから」と蛭魔に言った。 返事は返ってこず、しかしパシャパシャという水撥ねの音はするので心配は無いだろうと思い頬をかき、俺はバスルームを後にした。 3
「……出たぞ」 「お、ああ。服、大丈夫か?」 「…………」 ソファに座っていると蛭魔は俺の服を着て、頭には白いタオルをのせて髪を拭きながら出てきた。できるだけタイトな服を選んだはず、なのだが、 やはり蛭魔に俺の服は大きかった。だぼだぼだった。 俺は苦笑いして蛭魔を見た。蛭魔は俺のその笑いを見るとぴくりと表情を少し動かしかけたがすぐに元に戻った。感情が無い、なんてことは無いよな? 道では焦ったり困ったりしたような顔や声色をしたし、無理に無表情を作っているのだと思いたい。蛭魔はタオルをはらりと手から落としてしまい、それを拾おうと かがみこむ。金髪がさらりとたれさがり、水滴がぽたりと絨毯をぬらした。蛭魔はそれに気づき、「あ」と声を漏らす。 「あ、気にすんな。どうせ俺のモンじゃねえし。もともと部屋についてたやつだから」 「……そうか」 「そう。あ、飯、食うか?」 「……いや……」 遠慮をしているのか本当にすいていないのかはわからなかった。無表情を作るのも、本当に作っているのなら上手すぎる。演技が上手いのか、それとも 本当に演技ではなく素なのか……なぜだか歯がゆかった。 俺はソファから立って冷蔵庫のある台所まで歩く。冷蔵庫を開けて何か無いかとかがんで見渡してみると、ハムと果汁100%の飲料水があったので取り出す。 コンビニにはやはり行くべきだった、冷蔵庫にはそれぐらいしか大したものが無い。調味料に、なぜだか目薬。本当に何も無いな、改めて見てみて愕然とした。 俺は頭をかいて蛭魔を見、座ってていいんだぜ? と照れ隠し風味に笑う。蛭魔はしばらくじっと俺を見て、そのままソファに座り込んだ。 ソファのスプリングにあわせて、蛭魔の身体も揺れた。そのたびに金色の蛭魔の髪が水滴できらきらした。そうみえた。 俺がハムと飲料水を小さな机においてグラスを蛭魔に差し出すが蛭魔は受け取らなかった。じっと俺を見ている。警戒されているのとは少し違うようだった。 俺は申し訳なさそうにグラスを机において俺も隣の小さな一人用のソファに座る。蛭魔が座っているのは三人ほど腰掛けれる大きなソファ。俺は、蛭魔を見て困ったように言った。 「欲しいものがあったらなんか言えよ?」 蛭魔はぴくりと瞳を動かしグラスを見る。そしてすぐに俺のほうに視線を戻し、蛭魔から口を開いた。 「俺のほしいものは、もうないから」 瞳の無表情さにしては声に力と痛さがあって俺は言葉を失った。なんて返していいのかに悩んだ。「それはなんだったのか」なんて聞く気はない。 「ふーん」なんて白々しく返すのは絶対に嫌だった。返事に困る言葉を投げかけられるのには、慣れていなかった。 仕方なく、俺はもう一度同じようなことを繰り返した。困ったように笑った。 「まあ、喰いたいモンとか、服とか、何でも言えよ。俺の家何も無いから」 蛭魔は目を少し大きく見開いて俺を見る。それと同時進行で口も開いて何かをつむごうとしていたが言葉にはならなかった。 そのかわりに、蛭魔は口を閉じ、何かを考え、もう一度口を開いた。 蛭魔の瞳には、悪戯な子どもみたいなやんちゃな色が灯っていた。 その色に俺は少しどきりとした。 「腹減った」 「……な、んだ。欲しいもんあるんじゃねえか。っていうかやっぱり腹減ってたのか」 「ちなみに言うと、服のセンスも悪い」 俺はいきなりの毒舌に驚愕する。俺が困ったように、金魚のように口をパクパクさせていると蛭魔は自身の口元に指を当てて 俺を見る。そして一言、「カメレオン見たいっていわれねぇ?」と言い放った。これには、俺はもう何も言うことができなかった。 「……お前、結構性格悪いな」 「……………ケケケ」 笑った。それにも俺は言葉が出なかった。蛭魔自身も驚いて口を押さえていたが俺の顔を見ると、その口を抑えていた手をはなし もう一度ニイ、と笑った。やんちゃな、歳の割には子どもらしい表情に俺は見とれた。 「飯喰っていいの?」という蛭魔の問いかけに我に返り俺は慌ててハムの包装をはがす。 笑う顔は、以外にも青年らしい笑顔だった。 next --------------------------------------------------- うちとけ。 |