act11 : Last and Start





「あれ、ルイ。パレード見にいかねえのか?」
「行かないわけないだろ、でもダチにバイクの部品渡しに行かなきゃならねえから。後で行く!」

 おう、という返事を背中で聞きながら俺は友人たちと別れた。人で溢れた街のストリートには風船を持ったピエロが沢山いて、大きな花束がいたるところにある街灯に飾り付けられている。建物の窓から窓に花のアーチや旗がかけられていて青い空を見上げると色彩豊かで見ていて飽きない。子どもたちがピエロから貰った大きい風船を片手に鬼ごっこをしている。その親たちがその姿をほほえましげに見詰めていた。
 本日も快晴。昨日も一昨日もその前も、最近はずっと天気がいい。この前雨が降ったからだろう、たぶん向こう一ヶ月は雨は降ることなくこの天気が続く。季節柄、気温もずいぶんと暑くて額に汗が滴った。その汗に舞い落ちてくる紙吹雪がぺたりとくっついた。くすぐったかったので立ち止まり俺は額の紙吹雪をはがした。黄色の紙吹雪はそのまま風に乗ってまた飛んでいく。俺はその紙吹雪を見送って友人と待ち合わせをしているところへと再び走り出した。
 途中ピエロに風船を勧められたけれどいくらなんでも恥ずかしいから断った。しかしカラフルなピエロの持つ鮮やかな原色の風船は目に見えて楽しい。子どもたちがピエロのまわりに集まって頂戴頂戴とねだっていた。もちろん風船は有料ではない。テーマパークの営利を要求した風船販売ではなく、これはあくまで『行事』だから費用は議会から出る。花飾りも、風船もピエロを雇うのも、パレードの資金もすべて議会からだ。それは国民の税金なのだが、一部の噂ではパレードの主催者のポケットマネーから半分以上がでいていると言われている。うん、とてもいいことだ。

「まったかー?」
「葉柱、遅いぞ」

 バイク仲間との待ち合わせ場所について俺は友人に手を振った。友人はしばらく待っていたらしく少し機嫌悪そうにしていたが俺の髪の毛に紙吹雪がついているのに気づいて プ、と笑っていた。「紙吹雪ついてるぞ」と俺の頭に指をさし俺は慌てて髪の毛をはらう。「とれたか?」と聞くと「取れた取れた」と頷いた。そして互いに「いい天気だな」と笑って空を見る。雨がやんでしばらくはいい天気が続くからなあ、と俺が言うと、「そんなことより部品だよ、部品」と話を変えた。俺は手にしていた袋を覗き これで全部だと思うぜと言って友人に袋を渡した。じゃらじゃらと部品が音をたてながら友人は袋の中をしげしげと見詰める。そしてその中身に満足したらしく、「サンキュー」と笑った。友人の笑顔が嬉しくて俺も笑った。

「葉柱はパレード行くのか?」
「ああ、向こうのストリートに露店出てただろ? そっちまわってから行こうと思ってるけど」
「そうか、結構大人な店も出てたぜ。あ、別に変な意味じゃねえぞ」
「わかってるって! じゃ、俺もう行くな。他の仲間に会ったらそう言っといてくれ」
「わかった。じゃ、またあとで」

俺がまっすぐ道を歩いていこうとして足を踏み出すと、友人は思い出したように「あ」と声を漏らしてこちらを振り向いた。ちょっと待った、と言って俺を呼び止めると そうだった、と付け足している、俺にまだ用があったらしい。「どうした?」と俺が振り返り首を傾げると友人はちょっと困った顔をして俺にたずねた。

「お前に貸したヘルメット」
「……、あ、あれ……な」

すると、あまりよくないことを思い出した。

「俺の彼女、メットかぶせなきゃ危ねぇから、そろそろ返せな」
「……ああ、今度もってくる。悪ぃな」
「いいってことよ。壊したりしてないならいつでもいいから。それだけ、じゃあな、呼び止めて悪かった。後で」
「……わかった、じゃあ、後で」

 そういうと友人は走っていった。
 俺は歩いて道を歩きだした。ヘルメットを返す、返す、と頭に記憶しながらのんびりと歩いた。ヘルメットは家にある。以前に先ほどの友人に借りたのをそのまま家においてあるのを忘れていた。いや、忘れていたのではない、俺は忘れたふりをしていた。本当に、忘れたかったからすっかり忘れたことにしていて、そんなことはこの世の何処にも起こらなかったことにした。それでも忘れたかったことは、やっぱり今でも忘れることができるはずもなく頭の片隅に残っていた。
 友人から借りたヘルメットは一度見知らぬ土地の見知らぬ道に放り出した。あのとき、ヘルメットはもう必要じゃなかったからそのヘルメットが友人のものだと忘れて俺はその場に放っていった。でもそれは友人のヘルメットだけではなくて、自分のヘルメットも一緒に放って行った。ヘルメットは道端に二個落ちていた。その地での用が済んで帰るときに俺は一人で拾って帰った。行きには二人で、帰りは独りだった。
 ……思い出してしまった、なんて、本当はいっときも忘れたことなんてないくせに。

   例の、『元』知事候補のオッサンの言うとおり彼が犯罪者になると思ったが思いもよらぬことが地上で起こっていて俺の予想は外れた。なんでも、あの施設には誘拐されて行方不明になった街の人々が収容されていたとかで、その被害者たちが警察に通報したことであのオッサンは第一級犯罪人となった。被害者の人たちは口々に「見知らぬ青年が助けてくれた」と言っているらしい。警察はその青年を必死に探しているらしいが、いまだ消息は不明だという。被害者の中には俺のバイク仲間4人も含まれていてみんな無事だった。薬の投与をされた人たちもいるらしいが、命に別状はないらしい。誘拐された人々はおそらくあの施設で実験体として使われる予定だったのだろう。警察があまり大きく乗り出して事件の解明にいそしもうとしなかったのはあのオッサンの手がかかっていたからだ、と後になって思った。
 爆発は何のためにおこなったのだ、という疑問が起こり『元』知事候補のオッサンに尋問したらしいが、「あいつにやられた、あいつにやられた」と支離滅裂なことを言い、ある人物の名前を口走っているというがそんな人間は、何処の戸籍を見ても存在しないという。そしてその発言は精神的におかしくなったと処理され、爆発は証拠隠滅のために行ったということにされた。そうニュースでアナウンサーの女性が原稿を読んでいたのを覚えている。

(……そこまで考えてたのか、あいつ)

 信号に引っかかり俺は足を止める。パレードのために一番の大通りが閉鎖されているからこのような小さい道でも多くの車が通り混雑していた。

 施設で俺が気絶していたとき、彼はきっと隠れていた倉庫から出て捕らえられていた人たちを助けに行っていたのだと思う。地上でのショータイムの余興というのはあの被害者の人たちが脱出して警察に通報したことを指していたのだな。そこまで考えていたなんて、やはり彼は最初から死ぬ気でいたのだろうか。

 信号が青になり、人々が再び流れ始めた。
 露店が多く並んでいて市場が立っているようだった。がらくた同然の玩具をねだる子どもに、アンティークを必死になって見詰めている老人やイミテーションの宝石の指輪を楽しそうに選ぶ恋人たちが視界に入った。どの人も楽しそうで、明るくて、笑っていた。

 今日のパレードというのは知事選で見事当選した女性の着任式をかねたものだ。有力候補だったあのオッサンが犯罪者になり、さらにあのオッサンが対立していた他の立候補者を脅迫していたことも発覚し知事選は仕切りなおしとなった。で、当選したのが紅一点だったあの女の人。家族のために自ら辞退したことが好感度を得たのだろう、残りの候補者をよせつけずだんとつの一位だった。俺の親父の奴はその女性を推していたらしく、彼女が当選したことに満足していたようだった。

 俺は親父に頼まれたわけでもなく誰に指示されたわけでもなく大学に進んだ。バイク仲間の一人が大学に進むことにしたこともあるのだろうが自分自身が行きたくなって親父に頼んで金を出してもらい進学した。ぎりぎりでの合格で大学内での進級を自分は危ぶんでいたのだが思っていた以上に成績が上がってきたので今のところひとまず安心だ。
 学部は、言語学を取っている。別に言語学者になりたいわけでもないしそれをこれからの人生に使おうと思っているわけではない。でもただ学びたかった。自分をそう動かせる原動力が何なのか、それは、きっと俺の頭の中にある。
 多分、俺の頭に残っている、記憶のためだろう。
 彼ができるのだから俺にもできる。そう思うことが、無意識のうちに俺の手と頭を動かせる。今は少しだけ、彼の残した『英語』も喋れるようになった。

 親父の知り合いの鑑識によると、例の施設は損壊がひどくて地下の部屋までの調査ができないらしい。入ったとしても、天井や柱がくずれてきて大きな事故にもつながるので調査は難航している。一応生物探知を使い、今まだ生きているもの――あるいはかつて生きていたものが地下に存在しているか調べたらしいが、探知機は何の反応も見せなかったといっていた。最先端の機器を否定するわけではないが、まさかあの地下室に、『なんの生き物もいない』なんていうわけはないよな? だってあそこで俺は確かに彼と別れたし、彼と『彼』があそこでいたはずなのに……。焼け焦げて消滅したのか? それとも彼らは本当は、生き物ではなかったのか――。

 いや、もういい。考えるのをやめた。そんなことを考えたってどうとなるわけでもない。たとえ事実今、荒廃してしまった世の中で世界の偉い人、上層部の人間が情報をひた隠しにしているといっても、まさか生物でないものがあそこまで精密に人間同然に動くものが発明されているとは思えない。それに、実際に、
 彼の、彼との記憶が俺自身の中にあるんだから。そんなこと、どうでもいい。

 信号を渡ってしばらく行くと露店のところに同じ講座を取っている奴がいて俺に声をかけてきた。講座のことで用があったらしい。

「あ、葉柱君。よかった、会えて。明日中国語の資料いるから持って来いって講師言ってたよ」
「わかった、サンキュー」
「うん、それだけ。講師もそういうこと忘れないでほしいね」
「まったくだな。じゃ、明日」
「明日ねー」

 そいつと別れて俺はまた歩き出す。頭の中にヘルメットと中国語の資料、と再度刻み込み記憶する。中国語の資料、そういえば次の講義は中国語をすると言っていたな、と俺は思う。資料がないとわかんねえな、と苦笑いした。
 そういえば、彼もまた中国語が得意だといっていた。その記憶力がうらやましいぜ、と隣にも家にもどこにもいないのに、話し掛けるように呟いた。声だけがむなしく口から出て風に乗って消えた。もちろん返事がかえってくるわけはない。急に寂しくなって口をキュッと結ぶ。寂しいなんてことは思っては駄目だと、ずっと言い聞かせていたけど どんどんその感情がもれてくる。独りで部屋でいるときも、しばらくは占領されていた自分のベッドで寝転ぶときも、椎茸が缶詰に入っているのを見るときも、そんな思いは持ち合わせないようにしていたのに、明るくて賑やかな街に、鮮やかな空と風船と花束に、幸せな人々を見るとこみあげてくる。

 会いたい。会って言ってしまいたい。
 あの時言えなかった思いを伝えられるのなら、そのまま息絶えてしまってもいい。
 苦痛が待っていたとしても、そのさき一生苦しんだまま生きなくてはいけなくても、俺は喜んで生きるだろう。会いたい。会って言ってしまいたい。

「会いたい……蛭魔……」





 くるりと踵を返し俺はもと来た道を帰ることにした。独りでいるより友人たちと騒いで何もかも忘れているといい。そのほうがよっぽどか気が楽だ。そう思ったから。
 遠目にさきほどの同じ講座の奴が見えた。横には彼氏と思われる男と歩いている。その顔はやっぱり幸せそうで、周りの人間の幸せそうな顔とよくなじんでいた。浮いているのは俺だけだ。独り暗い顔をして、しんみりとしている。こんな顔で友人たちと顔を合わせれるか、と思い無理矢理笑顔を作ったが、ショーウィンドウに移った自分の顔は下手くそな落書きのような笑顔だった。馬鹿みたい、と思い作り笑いをやめる。どうやったら自然に笑えるものかね、と頭をひねる。以前はどうやって笑っていたのだろうと考えるようになったらおしまいだ。なんとかして笑おう、そう努めよう。でも演技からポーカーフェイスからがからっきり駄目な俺にはそんな芸当は無茶だった。

(あ、そういえば中国語の資料って家のどこにやったっけ?)

 資料のことを教えてくれたやつのことを見たせいか俺はそう思った。相変わらず汚い部屋を思い描きあそこでもないそこでもない、と空想の中での部屋で探し物をする。あ、あそこかな、引き出しの中、と思い、帰ったらそこを捜してみようと頷いた。中国語なんて難しい言葉、あんな薄っぺらい資料で大丈夫なのか? とその資料を思い描き苦笑した。
 すると、彼の言っていた言葉が不意に頭をよぎった。

『言語は一度聞いたらだいたいは覚えるんだ。ケケ、俺の特技っていえるかもな。』

うらやましい、と思う反面懐かしかった。あの時彼が言っていた言葉、すべて諳んじることだってできるのに、笑った顔も思い出せるのに、思い描いた彼の姿は、手を伸ばしても触れるより先に掻き消える。彼が一度でいいからこちらに手を伸ばしてくれたら、俺はその手を引き寄せてこちらに連れ戻すことだってできるかもしれないのに。頭の中の彼はかつて一緒にいたときの記憶しかなく、一度見た光景に、行動に、言動に、笑顔しか、しない。あのときまでの記憶は一生忘れなくても、これからのことは、なにひとつ、ないんだぜ。
 残されたほうの気持ちにもなってみろよ、お前、最後までわがままだったな。





 目尻が熱くなって俺はいつかの彼のようにつんのめりそうになりながら早足で歩く。人ごみを掻き分けながら、俺は黙々と歩いた。街の賑やかな音に俺の足音は消されている。パレードの音が大きくなってきた。友人たちを捜すのが大変だな、と思いながら前を見る。すると、横のほうで子どもの声が聞こえた。お母さん、と母親に声をかけている声だ。俺は何を思ったのか立ち止まり、子どものほうを見る。この騒がしい街の中でよくあの子どもの声を聞き取ることができたな、と感心したためか、俺はその子どもを見た。子どもは空を指差している。

「ほら、大きな鳥。綺麗な声だね」
「本当ね、ここらでは見ない鳥だわ。見れてよかったわね」
「うん!」

その母子は歩いていった。母親は はぐれないのよ、と子どもに言い聞かせ、子どもは わかった、と言って母親に手を取られ歩いていった。俺はその母子を見送ると空を見上げた。俺には見覚えのある鳥だった。あのとき、彼とバイクを走らせていたとき、俺たちの頭上を飛んでいた、大きな鳥に似ている。俺は、ここの居心地がよかったのか? と笑う。鳥はしばらく無言で空を漂っていたが、ややあってから円を描き綺麗な声で鳴いて飛んでいった。俺は鳥が飛んでいくほうを見詰めた。青い空がずっと続き、鳥は小さくなってやがて見えなくなった。
 そのときだった。
ぼーっとしていたために前を見ておらず思い切り人にぶつかってしまった。


すると、俺は彼との会話を思い出した。


『言語は一度聞いたらだいたいは覚えるんだ。ケケ、俺の特技っていえるかもな。』
『英語のほかには、何か喋れるのか?』
『英語、中国語、アラビア、スワヒリ、ドイツ、それに……』
『それに?』


 ぶつかって、自分だけ振り向いて相手が気づかないことがあったり、相手だけ振り返って自分は気づかなかったりする。そんなことはよくある。
『英語、中国語、アラビア、スワヒリ、ドイツ、それに……』
『それに?』

それに? 彼はなんて言っていたっけ。

相手の人は「痛て」と声を漏らした。俺は思わず謝った。


「あ、すみません……、!」
「いえ、こっちこそ――。……あ」


 聞きなれた言葉、俺の使っている言葉。俺がよく知っている言語で、その人は答えた。

 ぶつかって、自分だけ振り向いて相手が気づかないことがあったり、相手だけ振り返って自分は気づかなかったりする。そんなことはよくある。でも――



『あとは、日本語とかも』







偶然一緒に、ふりかえったりだって。








 the end
---------------------------------------------------そしてここから、